干草石の諭旨
古く平家濯頂、大原御幸の歌に「庭の干草 霧重く ま垣に倒れかかりつつ」又竹取蓬莱の玉の枝の歌では「わが袂今日乾ければ侘びしさの干草の数も忘れられぬべし」といろいろな章の意味をもって、千草色(萌葱、もえぎ色)として、いくつかの歌に出てくる。他にも「千草結び」と呼ばれる上方語がある。男女の名前や年齢を記したこよりを社寺の樹木などに結びつけて縁を願う風習があった。千草結びほ縁結びの代名でもあった。
千草のもえぎ色の色合いは、人々の心を安らげ、吉縁を願ったことでしょう。
皇居内の客間のつにも「千草の間」があり、千草・千鳥の間としての100坪ほどの客間は日本古来の実しい落ち着いた色使いが訪れる人の心を和ませており吉縁・良縁を願う日本人の心がそこにあります。
新井で産出される石が千草石と名づけられた時からこの石に安らぎと吉縁の象徴とされたと言えるでしょう。 |